近年、さまざまな企業で労働環境の見直しや改善が取り組まれています。働き方改革による多様な働き方の普及に加え、2025年問題といわれている労働人口の不足や人材不足がますます深刻になる中、従業員のモチベーションや生産性を上げるための動きは今後ますます活発になることが予想されます。そもそも労働環境とはどのようなものを指すのでしょうか。経営者としては、労働環境について十分な知識を持ったうえで、有効な対策を講じる必要があります。今回は、労働環境に関する現状や課題、改善策などを紹介します。ぜひ自社の労働環境を整備・改善する際の参考になさってください。

今回のお悩み
労働環境とはそもそも何か、労働環境の現状やよくある課題について知りたい。労働環境が悪化するとどうなってしまうのか、改善方法なども詳しく理解したい。また、労働環境の整備において意識すべき法律があれば知っておきたい。

私が解説します!
労働環境の整備は労働基準法の特別法である「労働安全衛生法」で定められた責務です。今回は、労働環境とは何を指すのか、労働環境の現状や課題について解説するとともに、労働環境の悪化が招く弊害や、改善方法についても紹介します。自社で働く従業員のモチベーションアップや生産性向上に役立ててください。
( 1 ) 労働環境とは?
労働環境とは、会社で働く従業員を取り巻く環境を指します。それはオフィスという「場」はもちろん、時間、人間関係、労働条件など、あらゆるものを含んでいます。労働基準法の特別法である「労働安全衛生法」(※1)の第一章第三条には「快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」と、労働環境を整えることが事業者にとっての責務であることが明記されています。
参照:厚生労働省「労働安全衛生法」労働者の心身に影響を及ぼす3つの要因
労働安全衛生法では、労働者が心身ともに安全・健康に働くための基準として、以下の3点を挙げています。
①気候的な要因
気候的な要因としては、気温や室温、湿度、気圧、紫外線、風速などがあります。屋内外を問わず、業務中の暑さや寒さ、湿度などによる不快感は、集中力や業務効率の低下につながります。夏の気温上昇に伴う熱中症など健康被害に至るケースもあります。
②物理的な要因
業務で使用する機械の振動や騒音、オフィスの採光や照明、パソコンのブルーライトなども物理的な要因に挙げられます。一時的なものであれば問題はないものの、常態化するとストレスや職業病などにより、業務に支障をきたす場合があります。
③科学的な要因
作業に伴う粉じんや臭気、有害物質、病原体などは科学的な要因に分類されます。これらの化学物質は肺疾患やめまい、意識障害といった健康被害のリスクがあります。建物に含まれるホルムアルデヒド(※2)による「シックハウス症候群」は社会問題にもなりました。
※1 労働安全衛生法:労働者の安全と健康の確保、快適な職場環境づくりを促す目的で、1972(昭和47)年に制定。略称は「安衛法」。※2 ホルムアルデヒド:建築資材や塗料、壁紙用接着剤などに含まれる化学物質。シックハウス症候群の原因となるため、建築基準法の改正により対策が義務付けられている。
( 2 ) 労働環境の現状
労働環境とは働く場所を指すだけのものではありません。近年は働き方の多様化や、ストレスなく誰もが快適に働ける職場づくりの実現といった側面に、より注目が集まるようになってきました。その背景にあるのが、2019年4月から政府が推進している「働き方改革」です。厚生労働省では、以下のように説明しています。
働く方々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的に推進するため、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保等のための措置を講じます。
これによって大手、中小の規模を問わず多くの企業が、労働環境の改善を取り組むべきテーマとして掲げるようになりました。
参照:厚生労働省「働き方改革 ~ 一億総活躍社会の実現に向けて ~」ワークライフバランスとは?
働き方改革において外せないキーワードが、「ワークライフバランス」です。働き方改革の推進とともに注目されている言葉で、耳にする機会も増えたのではないでしょうか。日本語では「仕事と生活の調和」を意味し、誰もがやりがいを感じながら働く一方で、育児や介護、あるいは地域活動や自己啓発など個人の時間も充実していることが重要であるという考え方です。
内閣府の「仕事と生活の調和」推進サイトでは、ワークライフバランスを実現するために企業が取り組む際には、『コスト』としてではなく、『明日への投資』として積極的に捉えるべきであるとしています。
〈お役立ち資料はこちら〉
ワークライフバランスの定義や実現のためのポイントなどを詳しく解説しています。
労働安全衛生法の改正で中小企業にも対象が拡大
こうした動きと連動して、労働安全衛生法が改正されたものが2019年4月に施行されました。改正のポイントは3つあり、中小企業も対象になっています。
労働時間を適正に把握
事業者は、労働者の労働時間を把握することが義務付けられました。タイムカードやパソコンの使用時間など客観的な方法で把握し、これらの記録は一定期間保存する必要があります。
面接指導の厳格化
時間外労働(残業)や休日労働した長時間労働者への医師の面接指導の基準が、これまでの1か月100時間超から80時間超に変更されました。
産業医との連携
常時50人以上が従事する事業場では、産業医を選任する義務があります。50人未満の事業場に選任義務はありませんが、医師などに従業員の健康管理を行わせる努力義務が課せられました。ストレスチェックの実施も50人未満は当面努力義務ですが、今後完全義務化される方針が明らかにされています。
これまでは主に大企業が対象とされていましたが、中小企業にもその範囲は広がってきています。労働時間の把握による長時間労働の是正、健康管理やストレスチェックなども労働環境を良好に保つために必要な取り組みです。
( 3 ) 労働環境の課題
世の中の流れとして、労働環境の改善が進められている一方で、実際には「うまくいかない」「改善されていない」という意見も散見されます。労働環境における主な課題として、以下の5つが挙げられます。
低賃金
賃金は従業員の労働の対価であり、やりがいやモチベーションに大きく影響する要素です。
賃金が低いと「自身の労働に見合わない」「評価されていない」などの不満やストレス、生活レベルの低下による将来的な不安を感じるようになります。改善されなければ仕事に対する意欲や生産性の低下、離職による人手不足につながるリスクがあります。
長時間労働
長時間労働は肉体的・精神的にも負担が大きく、集中力が低下してミスや事故といったリスクも増加します。さらに、この状態が続くと過労死やうつ病など、深刻な事態につながる恐れもあります。また、職場によっては残業が常態化している、上司よりも先に帰れないといった風潮が長時間労働の原因になっているケースもあります。
人手不足
人手不足は業務量の増加や長時間労働、有給休暇が取得できないなど、従業員一人ひとりへの負担が大きくなります。生産性の低下だけでなく、過労による体調不良や人間関係の悪化など、さまざまな影響を及ぼします。これにより離職者が増加し、さらに人手不足が加速するという悪循環を生む可能性もあります。
低い労働生産性
労働生産性とは、労働人数当たり、または時間当たり、どれだけ成果を出したかを示すものです。労働生産性が低い企業には、賃金が低いまま長時間労働が常態化しているという共通点があるとされています。課題は相互に関連しているため、労働生産性を上げるためには、それぞれを改善していく必要があります。
ハラスメント
時代の変化とともに、新たな労働環境の問題として「ハラスメント」が注目されるようになりました。パワーハラスメント(パワハラ)やセクシャルハラスメント(セクハラ)に加え、精神的ないじめとも言えるモラルハラスメント(モラハラ)や女性の妊娠や出産、育児に対する嫌がらせであるマタニティハラスメント(マタハラ)など、多くのハラスメントが登場し、業務への支障や体調不良による休職・退職、さらには訴訟に発展するケースも見られます。
( 4 ) 労働環境が悪化することによる影響
労働環境が悪いことは、従業員だけでなく、経営者や顧客にも影響を及ぼします。ここでは、労働環境が悪くなるとどのような弊害があるのかを解説します。
業務効率の低下
労働環境が悪い状況では、不満やストレスなどが高まることにより、モチベーションや仕事への意欲の維持が難しくなります。結果として業務効率が下がり、生産性も低下してしまいます。また、自社が提供する製品やサービスの品質低下につながる可能性もあります。顧客離れなどにより、企業の業績にも悪影響を及ぼしかねません。
健康被害
労働環境が悪い状態で働き続けると、従業員への負荷が高くなり、先に挙げた3つの要因が示す通り、体調不良やストレスによるうつ病、化学物質による疾病など、さまざまな健康被害を引き起こします。また、長時間労働や人間関係の悪化によっても、同様の被害が発生するリスクがあります。健康被害によって長期の休業や離職するケースもあり、人員が不足する事態にもつながってしまいます。
離職率の上昇
労働環境が悪い職場は従業員が定着せず、採用してもすぐに離職してしまうといった状況が発生しやすくなります。条件のよい他社への転職や健康被害による離職により、残された従業員への業務負担が増え、長時間労働が常態化するリスクが高くなります。これにより、さらに離職者が増加し、慢性的な人手不足という事態を引き起こす可能性もあります。
企業イメージのダウン
労働環境の悪化は企業のイメージにも影響を及ぼします。「賃金が低い」「残業が多い」などのイメージを持たれると採用活動や人材確保が困難になります。また、ハラスメントなどの問題が明らかになると、被害を受けた従業員から訴えられたり、取引先との関係が悪化したりといった被害に発展するケースもあります。SNSなどが普及した昨今では、悪い噂はあっという間に拡散され、深刻なダメージを被るリスクもあります。
( 5 ) 労働環境の改善のための取り組み
最後に、労働環境の改善に有効な取り組みを紹介します。できるものから積極的に取り入れてみてはいかがでしょうか。

従業員への調査 |
従業員にアンケートなどを実施し、自社の改善点を調査する。自由な意見を記載してもらうため無記名での実施が望ましい |
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作業環境の改善 |
オフィスや工場などの環境を確認し、空調や照明、設備や備品などの不備を改善する。快適に過ごせる空間の設置なども有効 |
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多様な働き方の採用 |
テレワークやフレックスタイム制、短時間勤務などを導入し、従業員に多様な働き方を提供できる仕組みを整備する |
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メンタルヘルス対策 |
職場のストレスなどを軽減するためのメンタルヘルス対策を実施する。専門的なケアが必要な場合は、外部のケアも活用する |
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業務効率化ツールの導入 |
Web会議システム、クラウドサービスなどの業務効率化ツールを導入。スムーズな情報共有により、多様な働き方に対応する |
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制度の活用促進 |
有給休暇や育児休業など制度の利用頻度が低い場合は、煩雑な手続きなどを簡略化し、従業員の積極的な利用を促す |
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コミュニケーションの活性化 |
上司や同僚などとの円滑なコミュニケーションを図るためのツール導入や、社内イベントなど活発な交流の場を設ける |
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多様な人材の活用 |
自社の採用条件を見直し、学歴を問わない人材、グローバル人材、高齢者など、多様な人材の活用を検討する |
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労働環境の改善方法について詳しく解説しています。
( 6 ) まとめ
ここまで、労働環境とは何か、法律も参考にしながら現状や課題、改善方法などについて解説してきました。労働環境が悪化すると、作業効率の低下や離職率の上昇、企業イメージのダウンなど、さまざまな弊害を招きます。そうならないためにも、経営者が労働環境に関する理解を深めたうえで、見直しや改善策を講じる必要があります。
労働環境が改善することで、従業員のモチベーションや満足度、業務効率が向上し、離職率の低下につながるとともに、従業員のワークライフバランスの実現にも近づきます。
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