「人的資本」という言葉をよく聞くようになりました。実は、人的資本は最近のワードではなく歴史のある言葉なのですが、今あらためて注目を集めています。今回は、中小企業にとっても重要な「人的資本」に関して、資料を読み解きながら解説します。
今回のお悩み
最近、「人的資本」というキーワードをよく聞くようになったが実際はどのようなものなのか、どのような取り組みをすればよいのか知りたい。
私が解説します!
人的資本への投資は、生産力や経済活動への貢献に繫がると定義されています。人的資本とは何か、経営戦略と人材戦略の連動による企業価値向上への取り組みについて紹介します。
目次
( 1 ) 人的資本と人的資本経営
人的資本とは?
人的資本は英語で「Human Capital」と言い、経済学において人間がもつ知識や技能、資質などの能力を資本としてとらえる概念です。人材は事業活動における価値創造の源泉であり、人材にかける費用は企業の成長にとって欠かせない投資となります。
現代社会に目を向けると、ビジネスシーンにおいてデジタル化やグローバル化が急速に進み、市場競争はますます激しくなっています。一方で、多様な人材の活用も企業にとっては重要なテーマです。そこで従業員のスキルや知識をいかに高めるか、人的資本をどれだけ活かすかということが、あらためて注目されるようになったのです。
人的資本経営とは?
人的資本経営とは、人的資本を重視した経営手法のことです。近年、特に欧米の企業において従来型の人事労務管理ではなく、人的資本経営へとシフトする動きが強まってきています。経済産業省のサイトでは、人的資本経営を以下のように定義しています。
「人的資本経営とは、人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です」
参照:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」人的資本経営が重視される3つの理由
人的資本経営が重視されるようになった理由としては、以下の3つが挙げられます。
①人的資本への注目度のアップ
企業の成長にとって人への投資が欠かせない、人に投資してこそ競争力が高まっていくという考えが広まってきています。
②従業員の価値観の変化
人生100年時代、より長く健康的でやりがいをもって働くためには、長期的な視点で従業員のキャリア開発が必要になります。そして、キャリア開発には個人の努力だけでなく、会社のサポートが必要です。
③投資家の関心の高まり
投資家も人的資本に強い関心を持つようになりました。つまり無形資産も評価の対象になってきたのです。
( 2 ) 中小企業における人的資本経営の重要性
大企業だけの問題ではない
「人的資本経営は、大企業が取り組むことでは?」と考える中小企業の経営者もいらっしゃるかもしれません。しかし時代の変化による厳しい競争にさらされているのは大企業だけではありません。激しい競争の中で人的資本を重要な経営資源ととらえることは、大企業はもとより中小企業にとっても重要なことです。
実際、中小企業庁が発表した2022年版「中小企業白書」でも、人的資本に投資する重要性について言及されています。第2部第2章第2節「人的資本への投資と組織の柔軟性、外部人材の活用」の中で、「他の経営資源と異なり、『ヒト』には、個性や感情があることや、獲得した後の教育や訓練によって、そのパフォーマンスに差が出ることが特徴として挙げられる」としたうえで、従業員の能力開発、あるいは適切な人事施策によって従業員のモチベーションを高めるなどの取り組みが重要だと説かれています。また、企業の経営者が経営課題の中で重要と認識するものとして「人材」が8割以上との調査結果も出ています。
参照:中小企業庁_2022年「中小企業白書」第2部_第2章_企業の成長を促す経営力と組織力人材不足は深刻な課題
人的資本への投資は、人材不足という深刻な課題を抱える中小企業こそ、しなければならないということも言えるでしょう。
少子高齢化、労働人口(15~64歳)の減少といった影響もあり、中小企業では採用難が続いています。先ほど挙げた「中小企業白書」でも、「『ヒト』は、他の経営資源を使う主体」と述べられていますが、未来へ向けて新しい技術を開発し、市場を開拓していくために「人」が欠かせないことは自明の理です。
大企業であれば、資金力やブランド力もあり、よい人材を確保しやすいでしょう。しかし、みんながみんな大企業を選ぶわけではありません。同期入社が何百人といる会社の歯車になるよりも、小さくてもいいから自分らしく誇りをもち、やりがい・働きがいのある会社で活躍したいと考える人は多いでしょう。その際、選ばれる企業であるためには「人に投資する会社である」という企業文化をしっかり築いておく必要があるのです。
多様な人材の活用も視野に入れよう
もう一つ、中小企業にとって大事な視点が「多様な人材の活用」です。新しい人材の確保だけでなく、今いる従業員も含めてあらゆる人を大切にするという姿勢が求められています。そのためには、テレワークなど多様な働き方ができる環境を整える必要もあります。例えば家庭の事情で毎日出社できない人は、以前ならどれだけ優秀な人材であっても辞めざるを得なかったでしょう。しかし在宅勤務が可能であれば、継続して活躍することができます。
そのように組織が柔軟であるかどうかが、今では選ばれる一つの判断材料にもなります。先に述べたように、人に対する投資によって従業員が成長ややりがいを感じることができ、多様な働き方を推進する柔軟な組織であれば、会社の規模にかかわらず「この会社で長く活躍したい」と従業員に思ってもらえるはずです。
人的資本に投資することで一人ひとりが能力を最大限に発揮することができ、生き生きと輝ける会社になることで自ずと利益は上がっていきます。株主から従業員まであらゆるステークホルダー(※1)にとって企業価値が高いということになるのです。
※1 ステークホルダー:「利害関係者」の意。株主から経営者、従業員、取引先、顧客まで、何らかの影響を企業に及ぼす人のことを言う。
( 3 ) 人的資本投資で従業員エンゲージメントを高める
「人材版伊藤レポート」から読み解く
日本で人的資本や人的資本経営という言葉が広く知られるようになったのは、経済産業省が2020年1月に開催した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書の中で、人的資本や人的資本経営が強調され、多くの経営者や人事担当者の注目を集めたからです。これは、研究会の座長である一橋大学名誉教授・伊藤邦雄氏にちなみ、「人材版伊藤レポート」と呼ばれており、その中で人的資本は「無形資産の中でも経営の根幹に位置づけられるべきもの」と定義されています。
ここからは人材版伊藤レポートから、人材戦略に求められる要素として挙げられている「従業員エンゲージメント」と「時間や場所にとらわれない働き方」に着目し、その重要性について考えていきましょう。
従業員エンゲージメントとは?
従業員エンゲージメントとは、古い言い方をすれば「愛社精神」です。もっと言えば、会社に対する従業員の信用度、そして自主的に貢献したいと思う意欲を指します。従業員エンゲージメントを高めるためには、従業員がやりがいをもって業務に取り組める環境づくりが大切です。
「出社を基本とする就業条件や画一的なキャリアパス、年次別の研修ではなく、(中略)多様な個人一人ひとりに向き合い、価値創造を最大化することが求められる」と人材版伊藤レポートでは述べられています。
つまり、会社全体でよくなっていくためには、個々の能力を最大限に引き出す取り組みが欠かせない、そして多様な働き方ができる環境もその一つというわけです。
時間や場所にとらわれない働き方とは?
コロナ禍によって、期せずして在宅ワークやリモートワークが普及し、私たちの働き方は大きく様変わりしました。人材版伊藤レポートでも、「新型コロナウイルス感染症への対応の中でも顕在化したように、いつでも、どこでも、安全かつ安心して働くことができる環境を平時から整えることが事業継続やレジリエンスの観点からも必要となる」と述べられています。
ここに出てくるレジリエンスとは「強靭性」の意味で、困難な状況や脅威に対しても適応できるしなやかさ、回復力を指します。リモートワークの導入は、そのためにも欠かせない取り組みなのです。
( 4 ) 従業員エンゲージメントと深くかかわる健康経営
人的資本における健康経営の重要性
人材版伊藤レポートが世間に与えたインパクトは大きく、人的資本や人的資本経営という言葉もこれを機に広く知られるようになりました。
経済産業省では経営戦略と連動した実践的な人材戦略について議論を重ねました。そして2022年5月、「人的資本経営の実現に向けた検討会
報告書」(通称:人材版伊藤レポート2.0)を発表しました。
その中では人材版伊藤レポートで示された内容が、さらに掘り下げられています。
人材版伊藤レポート2.0では、先に紹介した要素についてもより詳しく述べられています。その項目を以下に挙げておきましょう。
〈社員エンゲージメントを高めるための取組〉
- 社員のエンゲージメントレベルの把握
- エンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント
- 社内のできるだけ広いポジションの公募制化
- 副業・兼業等の多様な働き方の推進
- 健康経営への投資とWell-beingの視点の取り込み
〈時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組〉
- リモートワークを円滑化するための、業務のデジタル化の推進
- リアルワークの意義の再定義と、リモートワークとの組み合わせ
この中に出てくるストレッチアサインメントとは、人材育成の手法の一つです。あえてチャレンジングな仕事を任せることで、その人の潜在能力を引き出し、成長を促します。またWell-being(ウェルビーイング)とは「幸福」「健康」の意味で、肉体的・精神的・社会的、すべてにおいて満たされた状態を言います。つまり、健康経営が従業員エンゲージメントと深くかかわっていることがわかります。
参照:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」( 5 ) 従業員エンゲージメントを高める健康経営
健康経営とは?
では、健康経営とはどのようなものでしょうか。経済産業省のサイトでは、健康経営を以下のように定義しています。
「『健康経営』とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた『国民の健康寿命の延伸』に関する取り組みの一つです」
参照:経済産業省_健康経営人材版伊藤レポート2.0でも健康経営の重要性については、法的な義務付けを超えて健康経営を実践することは「社員の健康保持・増進によって生産性や企業イメージ等を高めるだけでなく、組織の活性化や企業業績等の向上も期待される」として、経営陣に求められる重要な取り組みの一つに位置付けられています。
健康経営と多様な働き方は両立できる?
企業では従業員エンゲージメントを高めるために健康経営を実践すると同時に、多様な働き方もかなえるためには、在宅ワークやリモートワークの導入が欠かせません。対面機会の減ってしまった従業員の健康管理をどのように行えばよいのか、経営者としては悩ましいところです。またコロナ禍以降、在宅ワークに関連するストレスやメンタルヘルス不調も多く報告されています。
メンタルヘルスとは、日本語で「精神面の健康」や「心の健康状態」といった意味ですが、心の健康状態は、自分ではなかなか気づきにくいものです。知らない間にストレスが溜まって自分自身をコントロールできなくなる、そんな状態をメンタルヘルス不調といいます。
場所を選ばずにできるメンタルヘルスケア
健康経営と多様な働き方を両立させるのは、一見難しそうに思えます。しかし最近はこの課題に対して優れたソリューションが存在します。インターネットを活用して、従業員の心の健康問題を改善することができる便利なメンタルヘルスケアサービスが登場してきているのです。
サクサの「cocoem.(ココエム)」は、スマートフォンやセンサー付きマウスを使って脈波を測定し、ストレスや脳の疲労を定量的に可視化することによって、従業員は場所を選ぶことなくストレスチェックができます。また会社は、データを可視化することで直接会わなくても従業員の変化に気づけるような仕組みづくりも可能になります。これなら心置きなくテレワークやハイブリッドワーク(※2)を推し進めることができます。また蓄積された従業員のデータは、今後の人事戦略や労働生産性向上などの経営施策に活用することもできます。
従業員エンゲージメントの向上が企業価値を高める
適切な健康経営を実践することで従業員エンゲージメントが高まれば、自ずと企業価値は高まっていきます。なぜならそれは人的資本を大切にしている一つの証であり、これまで述べてきたように、あらゆるステークホルダーが人的資本に投資しているかどうかに大きな関心を寄せているからです。
※2 ハイブリットワーク:オフィスワークとテレワークを組み合わせた働き方。
( 6 ) まとめ
今回は、今注目されている人的資本とは何かを解説するとともに、従業員エンゲージメントを高めるために必要な取り組みを紹介してきました。人的資本への投資や健康経営に取り組むことは、従業員が生き生きと働ける環境づくりにおいて欠かせません。最新のメンタルヘルスサービスを活用することで、従業員エンゲージメントの向上と在宅ワークなど多様な働き方の推進を両立させましょう。サクサが提供するメンタルヘルスケアサービス「cocoem.(ココエム)」についても、みなさまからのご相談・お問い合わせをお待ちしております。
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