人材育成の手法として注目されている「リスキリング」をご存じでしょうか。最近よく聞くようになったが、今一つピンときていないという方も多いのではないかと思います。そもそもリスキリングとはどのようなもので、企業にとってどんなメリットがあるのかを紹介します。
今回のお悩み
リスキリングという言葉をよく耳にするようになったが、どのようなものか十分に理解できていない。会社としてどのような取り組みを行えばいいのか?
私が解説します!
リスキリングは企業の成長戦略において重要な人材育成の一環です。リスキリングを実践している企業の事例も紹介しながら、具体的な進め方について解説します。
目次
( 1 ) リスキリングとは?
リスキリングの背景
リスキリングとは、英語で書くと「Reskilling」。直訳すれば「スキルの学び直し」となります。もう少し詳しく言えば、会社の従業員一人ひとりが新しい成長分野において、必要な知識やスキルを身につけることを指しています。
その背景には、世の中のデジタル化が進んでいることがあります。企業にDX(※1)への取り組みが求められ、デジタル化なくして業績の向上は見込めない時代になっています。従業員が新しいデジタルスキルを習得することにより、ビジネスを発展させていこうというのがリスキリングの狙いです。
世界中で注目されるリスキリング
2020年1月に開催された世界経済フォーラム(※2)の年次総会(ダボス会議)では、2030年までに全世界で10億人をリスキリングするという目標が掲げられ、「リスキリング革命」の推進が表明されています。日本では、2021年1月に開催された経済産業省の「第2回デジタル時代の人材政策に関する検討会」では、リスキリングを以下のように定義しました。
新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること
参照:経済産業省「第2回 デジタル時代の人材制作に関する検討会 開催資料(資料2-2 石原委員プレゼンテーション資料)」日本でも今後はリスキリングに注力
世界中ですでに支援などさまざまな取り組みが行われていますが、日本はこれから活発化していくことが予想されます。2022年10月4日、総理大臣官邸で開かれた「第10回新しい資本主義実現会議」の中で、岸田総理はリスキリングなどについて議論を加速すると述べたうえで、人への投資支援について5年間で1兆円へと抜本強化すると明言しています。
参照:首相官邸「令和4年10月4日 新しい資本主義実現会議 | 総理の一日 」リスキリングは中小企業でも重要
中小企業にリスキリングはあまり関係ないように感じるかもしれませんが、実は他人事ではありません。新たな価値を創造するためにDXを避けて通れないというのは、大手企業だけでなく、中小企業にも当てはまります。デジタル化によって業務の効率化や生産性の向上を図ることは、企業規模にかかわらず企業の成長にとって欠かせないことなのです。
DXを推進するためには、自ずと人材育成が必要になります。また近年はコロナ禍によってテレワークが普及し、人々を取り巻く就労環境やビジネスのあり方が大きく様変わりしました。新しいスキルの習得によって企業価値を高める取り組みは「待ったなし」の状況に来ています。
※1 DX:デジタル技術を活用し、ビジネスの仕組みを変革すること
※2
世界経済フォーラム:世界が直面する課題に対して経済界の取り組みを促す非営利団体。1971年スイスで設立。略称はWEF。
( 2 ) 詳しく知りたい!リスキリングとリカレント教育、OJTとの違い
リカレント教育との違い
学び直しというと、「リカレント教育」という言葉を聞いたことがある方がいらっしゃるかと思いますが、リスキリングとリカレント教育ではどう違うのでしょうか。
リカレント教育はいったん仕事を離れ、大学などで教育を受け直してから、再び仕事に戻るというサイクルを経ます。一方、リスキリングは働き続けながら新しいスキル・知識を身につけていきます。つまりリカレント教育はあくまで「個人」が主体となる学び直しであり、リスキリングは「企業」が主体となって実施する新たなスキルを習得するための学び直しです。ゴールは似ているかもしれませんが、そのプロセス(学び方)が大きく異なります。
OJTとの違い
「働きながら学ぶ」という点で、OJTとは違うのか?という疑問も出てきます。OJTはOn the Job Trainingの略で、職場で行う職業訓練のことです。つまり既存の業務において、その上司・先輩が部下・後輩に指導を行います。そのため、「新しい業務への配置転換」や「スキルチェンジ」という概念はありません。 一方、リスキリングは今後必要になる新しい業務への適応という側面が大きく、場合によっては外部から講師を招くこともあります。単なる技術の継承にとどまらない新たな価値創造のための学びがリスキリングなのです。
( 3 ) DX時代において企業がリスキリングに取り組むメリット
DX時代に対応するために企業がリスキリングを行うメリットは大きく4つあります。
①業務の効率化
デジタル技術が活用できる人材が育てば、業務効率化に繋がっていきます。新たに導入したデジタルツールによって業務フローが迅速になり、またデータの一元化によって情報管理や情報共有もスムーズになります。さらに正確なデータ分析がビジネスの精度を上げていきます。
②新しいアイデアの創出
新しいスキルの獲得は、新しいアイデアの創出につながります。知識をアップデートしながら業界動向にアンテナを張ることで、常に先手を打つ発想が生まれやすくなります。新規事業の立ち上げ、事業拡大のための施策など、リスキリングによってもたらされる新たな風が、企業を成長へと導きます。
③採用コストの削減
既存の社員をリスキリングすることで、採用コストが削減できます。デジタル技術を持つ人材を新たに募集する場合、コストも時間もかかります。また、リスキリングにより、既存社員の活躍の場を広げることは、企業にも社員にもメリットがあります。
④企業文化の継承
既存社員の戦力化は、企業がこれまで築いてきたものを生かすという意味でもメリットが大きいと言えるでしょう。新たなメンバーだけに任せると、企業文化や社風、強みや特色が継承されないことも考えられます。伝統や歴史を理解したうえで革新に取り組むことが大切です。
( 4 ) デジタル化に対応!中小企業などのリスキリングの実施例
グローバル経済の中で選ばれる企業であり続けるためには、中小企業もデジタル化と無縁ではいられません。ここでは、すでにリスキリングに取り組んでいる実施例を、中小企業のものを中心にいくつか紹介しましょう。
【実施例①】デジタル化に合わせてスキルチェンジ
ある印刷会社では、従来の紙媒体からデジタル技術を用いたビジュアル制作などへの転換を決め、従業員のスキルチェンジを図りました。まずは経営陣がディープラーニング(※3)について理解したうえで従業員に今後必要なスキルを明示し、個々に合わせた学習機会を提供。また学習意欲を高めるために表彰制度も設け、さらに学習時間の確保のために柔軟な働き方を可能にしました。こうした施策の結果、紙媒体の技術者がプログラマーなどにスキルチェンジすることに成功しています。
【実施例②】サービスの質と顧客満足度が向上
宿泊業を手がける企業では、IoTの活用による業務効率化を推進しました。まずは従業員の不安や抵抗感を払拭するためにIoTの必要性やわかりやすい事例を説明したうえで、手書きの帳簿記入を禁止するなど実践的なリスキリングを徹底しました。またデジタル機器の操作ミスを許容することで失敗から学ぶことも奨励しました。こうした取り組みの結果、従業員のマルチタスク化(※4)やオペレーションの改善が実現することにより、サービスの質が向上したことで顧客満足度もアップし、リピーターが増えています。
【実施例③】eラーニングを活用
大手のものづくり企業では、リスキリングを積極的に導入し、全従業員を対象とした教育・研修制度を確立。DXを基礎から学ぶために独自の教育プログラムを作成し、eラーニング(※5)による社内教育をスタートさせました。旧態依然としていた社員のマインドセットにも効果が表れています。
【実施例④】VRを活用
アメリカのスーパーマーケットチェーンでは、VR(※6)を用いた研修制度を導入。特別なイベントや災害対応など、経験のない従業員でもVRで疑似体験することによって実践的なスキルを身につけられるようにしました。
日本は海外に比べて意識が低い!?
いくつかリスキリングの実例を挙げましたが、日本の企業は海外に比べると、まだリスキリングに対する理解や認識が低いという調査結果があります。
IPA(独立行政法人
情報処理推進機構)が2021年に実施した調査によると、従業員のリスキリングを実施する日本の企業は33.0%に対して、アメリカの企業は82.1%と大きな差が見られます。
また、アメリカではリスキリングの対象を「全社員」としている企業が最も多いのに対して、日本企業は「会社選抜による特定社員」が最も多いことにも、大きな意識の違いが感じられます。DXは特定の従業員で進めるものではなく、企業全体でかかわっていくべきものです。なるべく多くの従業員が新しいスキルと知識を身につけていかなければなりません。
さらに、リスキリングを「実施していないし検討もしていない」が日本では46.9%という結果にも意識の差が顕著に現れています。国際社会において日本の企業が競争力を高めるためには、このままではいけないという危機感を持つ必要があるでしょう。
※3
ディープラーニング:コンピュータやシステムがデータをもとに自ら学習する能力を持つ技術のこと。深層学習。
※4
マルチタスク化:複数の作業を同時並行で行うこと。対して、一つひとつの作業を順番に行うことをシングルタスクという。
※5
eラーニング:パソコン、タブレットなどを使い、インターネットを利用して行う学習形態のこと。
※6 VR:Virtual
Realityの略。専用のゴーグルで360°の映像を見ることで、実際その場にいるような感覚を体感できる技術。仮想現実。
( 5 ) リスキリングの進め方とポイント
ビジネス競争を勝ち抜くためにも、リスキリングに取り組む必要があることがご理解いただけたと思います。ここからはリスキリングの進め方やポイントを紹介します。
リスキリングの5つのステップ
①既存スキルの把握
まずは従業員が現在持っているスキルを把握することからスタートします。そのうえで今後どのようなスキルが必要になるか(習得すべきか)を決めていくことが大切です。スキルマップ(※7)を作成して活用するのもよいでしょう。
②カリキュラム選び
次に、スキルを身につけるために必要なカリキュラムを選びます。大手企業ではカリキュラムを自社で開発する場合もありますが、中小企業では必要に応じて外部のコンテンツや専門家を柔軟に活用することは有効な手段です。
③学習時間の確保
いざリスキリングがスタートすると、従業員は業務と並行して行うことになり、その分負担が増加します。従業員の通常業務の妨げになったり、負担が増えすぎたりしないよう、リスキリングも業務の一環であるという認識を従業員と共有し、学習時間を確保できるようにサポートすることが大切です。
④実践の場の提供
リスキリングによって身につけたスキルを実践できる場を提供することも必要な取り組みです。もちろん日常の業務で生かすことが前提ですが、そういうチャンスがない場合は実践に近い環境を整えて早めに経験を積むことが大切です。
⑤モチベーションの維持
ただ「頑張れ」と言われても、人はなかなかモチベーションを持続させることができません。従業員のモチベーションを維持するためには、例えば資格を取得するなどの目的を達成したときに、インセンティブや報奨を用意することも有効です。また、このスキルを身につけることが自分のキャリアにとってどのような意味があるのか、ビジョンを明確に示すことで従業員のモチベーションが高まります。
ポイントは「コミュニケーション」と「チームワーク」
リスキリングは全社を挙げて行うべき取り組みです。成功するかどうかは、リスキリングの重要性を従業員全員が理解し、お互いにサポートし合えるかどうかにかかっています。 そのためには、普段から活発な情報共有を行い、良好な人間関係を構築することが有効です。デジタル化にふさわしいコミュニケーションツールを導入して関係性を深めていきましょう。サクサの「働き方改革サーバ GF1000II」では情報交換や連携のためのファイル共有、円滑なコミュニケーションを図るビジネスチャット(※8)など、コミュニケーションの活性化に必要な機能が標準装備されており、これらを活用することでチームワークは強化されます。 また、テレワークを実施している場合、従業員に孤独を感じさせないことも大切です。こうしたコミュニケーションツールの運用により、あくまで個々ではなく、会社全体として伸びていくというスタンスがリスキリング成功の秘訣です。
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※7
スキルマップ:従業員一人ひとりのスキルレベルを表にしたもの。スキルを数字で評価することで「見える化」している。
※8
ビジネスチャット:業務での利用を目的に開発されたコミュニケーションツール。社内外の人とやりとりできる。
( 6 ) まとめ
今回はリスキリングについて、そのメリットや進め方などを解説してきました。デジタル技術を活用してビジネスを変革するためには、人材育成とツール活用の両面からアプローチする必要があります。リスキリングによって従業員が新たなことにチャレンジし、変化に対応できる組織に変わることができれば、自ずと新しい企業価値が生まれます。そのためのキーワードは「コミュニケーション」や「チームワーク」です。
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